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2010年11月

感情に嘘ついてるやつなんなの?

人生がつまらないという人の考え方は本当につまらないな。
何のために生きるのかね。

そういう人は胸を突き抜けるような熱い気持ちを持ったことはないのだろうか。

自分の場合、自分の目標を決めるのはいつも感情だった。

それも多分アイスホッケーをやってたからだと思う。高校に入ったとき、自分はトレーニングについて行くのも精一杯で、毎日やめたいと思っていた。

でも同時に悔しいという感情があって、こいつらよりも努力してやるって思ったから成長できたと思う。試合に勝ったらうれしいし、僅差で負けると悔し涙を流したりする。他のことで悩んでいたとしても、リンクでプレーしているときは無我の境地であり、そこだけに集中している。

辛いことをやりきることは自己を成長させた。そして自分の目標を決定づけたのは、とても寒くとても激しいトレーニングをした日だった。激しい疲労感と「空腹」を経験した自分は、心から食料のある国でよかったと感じた経験だ。

その経験と、テレビでたまたま見たテレビ番組でとある貧しい国の人が小さな枝を集めて薪として売って、トウモロコシのこなを買ってそれをお湯に溶かして主食にしているというのをみて、世の中では俺が感じた「空腹」以上のものを感じている人がいる。自分はそれを解消したいと言う感情が芽生えた。偽善者と言われるだろうが自分がそこで感情を揺さぶられたのだから仕方がない。

もちろん自分は聖人ではないから、良い生活がしたいとかも普通に思っている。我慢している生活なんてつまらない。それに我慢して窮屈な生活をしていたら考え方も窮屈になる。余裕のある生活の方がアイディアだって出やすいと思う。

似たような記事は前にも書いたけど、続けることに意味があるとかやりたくないことを我慢して続けることにも意味があるという批判はされそうだね。人生があと512年くらいあったら自分もそう思う。でも今の科学ではそこまで寿命を延ばすことはできない。辛いという感情があってもその先に自分の成長がないなら続けても仕方がないと思っている。

続けることは自分の成長につながるのは経験的に知っている。だが感情の重要性も同時に知っているので、成長につながらない辛さならただの時間の浪費だ。いろいろなことに興味を持つことがひとつの道を究めることになるとも思っている。でも感情を揺さぶられないことでは辛い時間を過ごすだけだ。

だいたい好きとか悔しいとかいう感情や自尊心がないと熱中できないし、熱中できないと効率が悪い。自分のパフォーマンスを最大限に発揮できない。

胸を突き抜けるような熱い感情を持ったことのない人はまあ好きじゃないことを続けて、メンタルを強くして楽しさを知ってくればきっと熱中できるし得意分野にできるかもしれないな。それがよく言われる3年から5年は続ける意味だろう。

胸を突き抜けるような熱い感情を持ったことのある人はそれをヒントに目標を設定して行けば自己実現可能だろうな。そのためには無駄なことに費やす時間は必要ないだろう。

いずれにしても感情は誰にも無視できないのだから、それをうまく感知して行動する必要がある。

そういえば子どもの頃見たアンパンマンの主題歌の歌詞を思い出したよ
なにが 君の しあわせ
なにをして よろこぶ
わからないまま おわる
そんなのは いやだ

感情に嘘ついてるやつなんなの?




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2010年11月

セルフマネジメント(独り言):上流でミスを防ぐ

自分の弱い部分の一つを最近改めて理解した。

「詰めが甘い」

詰めが甘いのは大概初期でミスしていることが多い。作っているこものの完成形をはっきり理解していなかったり、重要な前提条件を見逃していたり。

だがそのミスを発見することができるのなら何も問題はない。それを発見するのが難しい。まだ問題が表に現れていないから。

発見するためにはどうしたら良いだろうか。手順書の作成?起こりそうな問題のリストアップ?それも必要だが適用できない場合もあるだろう。

関連情報をできるだけ集めておくのは重要だろう。それから迷ったときや迷いながら判断したときには何かを見お押している可能性があるのでもう一度確認する癖を付けよう。

2010年11月

自分の可能性を知らない人は損だ

学生時代の友人や外で活動していて知り合った人の考え方は、自由に生き自己実現のために仕事をするという人が多かった。だからそれがスタンダードで、何かの「縁」で入社した会社に一生勤めるのは古い考え方だと思ってた。

だって今は戦後の不安定な時代ではないし多くの日本人はマズローの自己実現論で言うところの安全の欲求は満たされている。中には「所属と愛の欲求」が満たされなかったり「承認の欲求」以上を求めない人もいるだろうが、「自己実現の欲求」を求めるのが普通だと思ってた。

でもそうでもないんだなって最近思い始めた。いわゆる「日本的」な組織に勤めている人を見るとあまり多くの欲求を持たないのが実はスタンダードな日本の考え方なのかもしれない。

子どもの頃から平等主義の環境で育ち、人と違った考え方をすると排除される。手をつないでゴールする運動会なんてのはその極みだ。皆平等という考えが刷り込まれているのだからその考えにもうなずける。

自分自身チームスポーツを経験しているから輪の大切さを知っている。だが逆に競争の大切さも知っている。一番を目指すことの大切さも知っている。だから平等主義という考え方は賞賛できない。平等であるべきは機会や評価であって無条件の待遇ではない。

そしてこの考え方を変えようとしないのは単に無知なのだと思う。一番を目指せることを知らないし、自分次第で従来の日本型システムから抜け出すことが可能なことも知らない。

少し前プロ野球球団を買収できることも一般的には知られていなかった。ライブドアや楽天が、ソフトバンクなどの企業が球団設立や買収で世間を騒がせたが、それを「向こう側のできごと」と考えてしまうのは思考停止だろう。

堀江氏、三木谷氏、孫氏のように活躍している大物が別世界の人間だと思った瞬間に成長はできなくなる。限界を自分で決めつけてしまうわけだから。やはりそこを目指すことができるということを知らないのだ。

中国の都市部に行ったとき、多くの人たちは高いモチベーションを持っていた。日本に来ている留学生を見てもそれを感じ取れる。中国の田舎に住む普通のおじさんですら将来会社を起こすと言う。また、その他の発展途上国の人たちも家族に楽をさせたいという思いから必死に勉強に励むという話を聞いたことがある。

日本の場合、中国や発展途上国の平均値より生活水準の平均値は高い。彼らが手に入れたいと思っているものを何もしないで手にしているとも言えるだろう。なぜそこにあぐらをかいてさらなる欲求を見たそうとしないのか。なぜ同じ努力をして彼らを救おうと思ったりしないのだろう。

平均的日本人のスタンダードはグローバルスタンダードではない。
自分の可能性を知らない人は損だ。

2010年11月

高いレイヤーに身を置けば加速度的に成長する。

人生とは加速度的である。
周りを見渡せば、なぜそんなにも行動力があり成功しているのか不思議な人もいるし、逆になぜそんなにも無気力なのかと思う人もいる。

人間一個体として生物的な差異はほとんどないにも関わらず、常時高いモチベーションを維持できる人と全くできない人の差が出てしまうのはなぜか。いくつかの要因はあるだろうが、自分はそれらをまとめて人生に置ける「レイヤー」と表現する。

マズロー自己実現理論(欲求階層説)では
人間の基本的欲求は低次から
生理的欲求(physiological need)
安全の欲求(safety need)
所属と愛の欲求(social need/love and belonging)
承認の欲求(esteem)
自己実現の欲求(self actualization)
と言われている。

(これを見ると不安定な時代を過ごした人と現代の若者に考え方の違いが現れるのもうなずけるが、それはひとまず置いておこう。)

自分の考える人生に置けるレイヤーとはこれらの欲求を満たそうとする個人が身を置く現状を示す。レイヤーの要素は
・自身
・自尊心
・思考
・活動の強度
・物理的環境
・自由度
・協力者
・競争相手
・(-)阻害するもの

などである。

そしてこれらは、レイヤーが高くなればなるほど得やすくなる。たとえば高校野球の選手がプロ野球チームに入団したら、彼はかなり成長するだろう。しかし、プロ野球に入る実力がなければその機会を手にすることも許されない。

停止している車を後ろから手で押すように、はじめのうちはほとんど前に進まないが、勢いさえついてしまえば少ない力でも前に進む。人生も少しずつレイヤーを重ねて行くことで加速度的に成長する。

これがレイヤーと表現した理由だが、成功している人は努力や偶然によって高いレイヤーに身を置き、成長できる機会も多い。しかし、なかなかうまく行かない人は低いレイヤーから抜け出すことができないため、努力する機会すら少なく最悪の場合その世界から身を引くことになる。

高いレイヤーに身を置きどんどんレイヤーを重ねられる人と、なかなか現状から抜け出せない人の間には超えることが困難な境界線がある。この境界線は、今行っていることが熱中できることかそうでないかで決まるといえるだろう。

無我の境地に至れば、寝ている時間以外はそのことを考え、問題の解決策や今後の展望をすぐに思いつくことができるので結果を出すのが早くなる。逆に熱中できないことを続けていても自尊心を持てず、モチベーションも上がらないため非常に非効率的だ。能力が相当高いのにそこで埋もれている人はかなり多いと思う。それは時間の無駄に他ならない。

何かに縛られて自我を殺され、無我の境地に至れないのは短い人生の中では無意味だ。たしかに偶然によって得られたり得られなかったりするが、現状のまま努力しても得るものがないと判断できたのならそれを変える必要があると思う。


「高いレイヤーに身を置けば加速度的に成長する。」で本当に書きたかったこと。

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2010年11月

コーヒー1杯の値段。

家ではどうも誘惑が多くてだめだ。
自分はカフェなどの空間の方が集中できるらしい。

よくスターバックスやタリーズに行くので、周りからはリッチだねと言われる。
でも自分ではそうは思っていない。

確かにわざわざ金を出してそんな場所を確保するのは馬鹿げているかもしれない。
だが家でゴロゴロするよりも生産的に作業ができる。

このコーヒー1杯には時間という人生において最も大切なものの一つがついてくる。
これを投資だと思えば290円のドリップコーヒーなど安いものだ。

知り合いに、毎月5万円を貯金すると意気込んでいる人がいる。
彼に言わせれば単純計算で1年に60万円、10年で600万円の貯金ができるという。 

今23歳として、10年後は33歳だ。自分は10年後に600万円の貯金を手にするよりも10年後に600万円を軽く稼ぐような人の方が生産的だと思うし、33歳までにやりたいこともたくさんあるのでこの考え方には共感できない。

堅実に生きろと言われるかもしれないけど、フローがない方がよっぽど危険だと思う。節約ばかりしていたら行動範囲も狭くなるし、考え方も小さくなってしまうような気がする。

結局大切なのはフローだ。人の体だってそうだろう。ダイエットに励む人が満足できない食事を続けても、その食事量に体が順応してしまって、満足できないのに体だけは太る。アスリートのようによく食べよく動いている人ほど痩せている。

特に金とエネルギーは自分が得だと思うことには出し惜しみしない方が良い。少しの手間を惜しんだばかりにチャンスをもたらす人に会えないかもしれない。少ない金を惜しんで本を買わなければ今必要な情報が手に入らないかもしれない。

積極的にフローしないのは損だ。知識は増えないし、スキルは身に付かないし、人にも出会えず、認められず、心は狭くなり、行動力は落ち、体は太るばかり。

浪費は大切な資産を失うが、何もしないことも大切な機会を失う。
投資と浪費は一見似ているが、目的を考えれば雲泥の差がある。

今という時間は今この時しかないのだ。






有楽町のスターバックスにてクリスマスブレンドを飲みながら…

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