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2010年09月

アメブロ転載:その言葉を使わない理由② 「社会起業家」

 「社会起業家」。世間にこの言葉は広がりその概念が広まって、社会に貢献するために起業しようと考える人が増えるのは、非常にいいことだと思います。

 ただ僕個人の考えはちょっと違います。

 前々から言っていたことですが、僕がライフワークとしてやって行きたいことの一つは、世に言われる「社会起業家」という概念です。

 しかし、自分自身はこの言葉が好きではないのであまり使いません。

wikipediaによると社会起業家は次のように書かれています。

ビジネスの起業家は、典型的には儲けと自分にどの程度報酬があったかで、その実績を計るのに対し、社会起業家は、社会にどれだけの強い効果を与えたかを成功したかどうかの尺度にしている。


 僕は起業家や会社組織は社会の役に立つことが前提だと考えます。もちろんそうでない会社もありますが、直接的・間接的に社会のためになっていると思います。そうでないと需要はない。

 社会のためになることを企業活動の目的にとする起業家が社会起業家というならば、水道哲学を唱えた松下幸之助は社会起業家でしょうか。ところが松下幸之助は偉大な経営者として世間に評価されています。その成功の源となったのが水道哲学をはじめとした社会への目だったと思いますが「社会起業家」とは違う気がします。

 また、「売り手良し、買い手良し、世間良し」という 近江商人の「三方良し」も商いが成功する人に多く用いられていて、「社会起業家」の概念に近い気もしますが、それは本来経営に必要なものであると思います。

 なぜ僕が社会起業家という言葉を使わないのか。

 まず上記のようなことは起業家にとって不可欠だと考えるので、あえて名乗る必要がないのではないかと思います。

 「社会起業家」と名乗ると何となくカッコいいイメージがあります。そして人は「世界中の人が幸せになれるように願い、自分だけはみんなよりさらにちょっとだけ…幸せであるようにと願う(※)」ものだと思います(自分だけ?)。なので僕はその感情を隠さず自分の利益も当然求めるのでカッコいい社会起業家という言葉を使って人に評価されようという考えは持ちません。

 もうひとつ、「社会起業家」という言葉が広まってきた現在、将来の夢を「社会起業家」という人もいるようです。しかし、何がしたいのかと訪ねると具体的には決まっておらず、ただ「社会起業家」になり社会に貢献したいという人もいるそうです。それは手段と目的が逆転しているのではないかと思ってしまいます。

 僕がなぜ「社会起業家」と言われる概念を目標にしているのかというと、自分自身激しい疲労によるとても苦しい空腹状態を経験し、世界の空腹を解消したいという目的からどうしたらいいかと考え、一時的・一方的な支援ではその根本原因が解消しないと思い、持続可能性の高い企業活動によって目的を達成しようと考えたからです。

 言葉だけが先走り、本来の目的を見失いたくないという思いから、僕は「社会起業家」という言葉は使いません。



※「世界の終わりと夜明け前」(浅野いにお)より引用 p142
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