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2010年07月

mixi転載:世間の許し無しじゃ夢も追えないのかよ!

既に何人かの人はアップロードしたフォトにかかれたタイトルのこの言葉をみたと思うけど、今日はそのことについて書いてみる。

この間たまたまネットみてて見つけた画像なんだけど、ちょっと気になった。

絵:春原ロビンソンさん(http://mkn2.com/



「世間の許し無しじゃ夢も追えないのかよ!」

たいていの日本人は与えられた教育のもと小学校・中学校・高校と、受験・あるいはエスカレーターによって上ってきた。そして自己実現のため・将来のため・生活のために大学や専門学校を選び世間の就職活動の波に乗って就職した。

こうして要所要所で選択したり行動したりするものの、よくも悪くもそのルートから外れる者は少ない。そして俺自身もそのルートの中にいる。少なくとも今はね。

ところで、俺たちは常識的な非常識、つまり歴史を築いた多くの偉人たちが非常識であったという常識を知っていながらも常識人としての域を抜け出さない。

大学を卒業後に新卒で既存の企業に就職するというのが当たり前だ。本当なら卒業後に専門分野の研究をさらにしてもいいだろうし、世界一周して視野を広げてから職に就いてもいいはずだ。

しかし世間はそれを許さない。「新卒」は依然として優位で、既卒は大抵不利だと言われる。既卒や中途採用という枠すら用意しない企業もある。(大抵そういう企業は留学生採用や障害者採用を別枠で用意している謎)

また、会社に勤め、忙しい毎日から自分の夢を忘れる人もいる。描いてきた未来と現在とのギャップに失望する人もいる。

世間に流されて何かをあきらめ、何かを忘れ、それに慣れてしまうのは俺たちにとって辛すぎる。

そう、そこでこの言葉だ。
「世間の許し無しじゃ夢も追えないのかよ!」

俺たちは独立した個人として人生を泳いでみてもいいんじゃないか?別に社会から離れるという意味ではない。会社は本来、同じ目標のもとに人々が集まった場所だし、常識的社会のなかでも十分に自己実現の方法はある。要は世間の常識に合わせて個人の人格を自ら否定しない心構えがほしいということだ。

学校を卒業したときに用意された企業数だけを選択肢にしないで、自分で選択肢を増やすのもいい。

さて、そうは言ってもなかなかできることではないかもしれない。偉そうなことを言っている自分自身、まだまだ無力だ。「愛なき力は暴力であり、力なき愛は無力である」とキング牧師も言ったように、力をつける必要があることは感じている。

俺のような凡人は "Trust me" (『証明するものがないからとにかく信じて』というニュアンス)くらいしか言えないけど、優秀な人たちが常識的な非常識を実践したらきっとすぐに世界は動くだろう。

俺が今までにあった人たちは、その多くがクリエイティブであり、アクティブだ。アイスホッケーで出会った人たち、学校で出会った人たち、企業で出会った人たち、外国で出会った人たち、デザインスクールで、国際塾で、技術コミュニティ、経営系サークル、ボランティア、ネット・・・本当に力のある優秀な人ばかりだった。

ここで最後まで読んでくれた人に提案したい。常識人でいることもいいが常識的な非常識もいいんじゃないだろうか。

「世間の許し無しじゃ夢も追えないのかよ!」

もと日記
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ジャンル : 就職・お仕事

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