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2009年01月

アメブロ転載:世界はプロフェッショナルを求めている (2)

 平城遷都1300年記念事業のマスコットキャラクター「せんとくん」が話題を呼んだのは記憶に新しいです。このキャラクターは藪内佐斗司 さんという彫刻家の方がデザインしたそうです。


 作品自体が良い・悪いというのは別として、問題だったのは公募制ではなかったことだと思います。キャラクターの制作にかかわった方はそれぞれ著名で、芸術のプロフェッショナルだったのだと思います。ただ、キャラクター制作という趣旨をおくなら、大衆の興味をそそるものでなければならないでしょう。しかし、芸術のプロフェッショナルは、必ずしもキャラクターデザインののプロフェッショナルであるとは限らないと思います。それならば一般の人の公募によってキャラクターを制作したほうが人々に受け入れられるデザインができたのではないかという見方もできます。


 こう言うと、「プロフェッショナルを求めている。」ということと矛盾していると思われるかも知れません。しかし、私が思っているプロフェッショナルとは、プロとして活動している人のことではなく、その事柄について特化した技術や知識を持ち、人が何を求めているのかと、その対応を知ってい人のことです。その点で言えば、アート・商業デザイン・キャラクターデザインなどはそれぞれ別のものと捉えたほうがよさそうです。


 ひとつの分野で、技術や知識の多い・少ないは別として、プロフェッショナルでないならば大衆と変わりないと私は考えます。だから自分の知らない分野ならば、知ったかぶりせずに素直に質問したほうが得です。また、人並みの知識でプロフェッショナルの人に対抗しようとしてもそれは難しいことです。ルールを知らなければゲームに勝てません。


 結局、平城遷都1300年記念事業では一般の人の中のプロフェッショナルが現れる可能性があるのに、それを無視してしまったと言うわけです。


 フォローになるかもしれませんが、藪内佐斗司 さんは芸術家として素晴らしい作品を発表している方ですし、「せんとくん」のデザインについて私は批評しません。



(3)に続く(かもしれません)

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2009年01月

アメブロ転載:世界はプロフェッショナルを求めている (1)

 私は経営のプロフェッショナルになることをひとつの目標としています。社会がグローバルしてきた現代では、プロフェッショナルが育つということが必要不可欠でしょう。それはなぜか。


 産業が発展すると、縦型の統制というアプローチから、横型の統制というアプローチで社会を見ることが重要視されると思うのです。何が言いたいのか。


 たとえば国家の経済が成熟するまでは、共産主義など国家による統制が強いほうが産業を発展させるのに適していると思われます。しかし、現在のアメリカなどの先進国を見てわかるように、民主主義・資本主義といった、民間主体の経済活動で経済が発展しています。


 また、具体的な事例として、Web2.0という考え方もそのひとつといえるでしょう。今まではひとつの主体の中で完結するような経済活動が中心でしたが、コスト面でも、技術面でも、ひとつの主体で完結するよりも世界中にいる知識や技術を少しずつ集めてひとつのサービスを完成させるほうが効率的です。インターネットブラウザの fire fox
や web 上の百科事典 wikipedia
の例を見るとより理解しやすいはずです。つまりオープン化が始まっているのです。


 こうした動きの中で、小さな主体(小規模の会社・サークル・個人)でも簡単にサービスを提供することが可能です。 You tube
, Justin.tv
, ustream
, ニコニコ動画
などのサービスを利用すれば、映像・音楽などのコンテンツをアマチュアでも簡単に発表することができます。


 小さな主体がサービスの提供をするようになると、それをビジネスとするには、ある程度の差別化が必要です。つまり、より高度な技術を持つプロフェッショナルが求められていると思います。このプロフェッショナルという「点」と、先ほどの web2.0 の事例のようなつながりという考え、すなわち「線」がそれぞれ拡大することで、社会はさらに発展できるでしょう。


 私は「点」として経営のプロフェッショナルになり、「線」を作るようなビジネスがしたいのです。



(2) へ続きます

2009年01月

アメブロ転載:いろいろなことに興味を持つことがひとつの道を究めることに

 ビジネスにしても学問にしても、アイディアを出すことが求められる機会が多いと思います。そんなとき多くの人は、ただ机にかじりついていてもアイディアは出てこないということを良く知っています。


 私はやりたいビジネスプランや、研究したい学問のアイディアは、街を歩いているときやまったく分野の違う本を読んでいるときに出てくることが多いです。ただ、急にアイディアが出てくるはずもなく、たいていの場合頭の片隅に出したいアイディアのこと常に入っているのだと思います。


 その頭の片隅に、出したいアイディアという枠組みをもって行動すれば、本を読む、人と会話をする、ニュースを見る、街を歩くといった何かしらのインスピレーションを受けるだけでそれらはパズルのピースを集めるかのようにそれぞれが関連付けられ、最終的に枠組みにぴたっとはまるアイディアが出てきます。


 やはりそのためには究めたい分野のことばかりを考えるよりも、いろいろなことに興味を持つことが必要なんだと思います。そこからくる一種の偶然的なインスピレーションとの出会いによって結果的にひとつの道を究めることになる。というのが私の考えです。


 最近ではインターネット検索によって自分が求めている情報をすぐに手に入れることができます。逆に言えば多くの場合求めている情報しか手に入りません。実際発想のヒントは求めていない(いなかった)情報からくることが多いので、アイディアを出して、自分の力によって何かを究めようとするときには「生」の情報が必要不可欠です。

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